プロジェクトD

Project D episode.1

MotoGPチェーンプロジェクト

開発×営業×生産技術×商品企画

Chapter.1【開発編】

レース業界の常識を超える新設計への挑戦

「520ERV6」の最大の特徴は、複雑な3次元形状による性能付加です。軽量化とフリクションロスの低減を極限まで追求し、困難な課題に向き合った開発者のプライドと情熱の結晶でした。

浅野

「520ERV6」はDIDがこれまで手掛けてきたチェーンの中でも、かなり独特な形状をしてるよね。プレートの端が曲面になってたり、真ん中に四角いくぼみがあったり。DIDはそれこそ私が入社するずっと昔からバイクのトップチームにチェーンを供給しているから、歴史は相当古いはずなんだけど。

大石

1970年代に日本グランプリで優勝したライダーがDIDのチェーンを使っていたという話は聞いてます。すでに半世紀ぐらいの歴史があるんですけど、過去の製品と比べても、ちょっと見たことない形状かもしれません。

僕も試作品を半分にカットして断面を確かめたときに、「なんて『攻めた』設計なんだろう」って驚きました。どうしてあの形にしようと思ったんですか?

あの設計を仕上げたのは2018年だったけど、当時のレース用チェーンは、バイクの性能が上がったこともあって、特に強度や剛性の高さを求められてたんですよ。壊れにくさと形の変わりにくさですね。ただ、そこを重視すると、今度は動力の伝達効率が損なわれるという問題がありました。


簡単に説明すると、例えば、プレート同士を連結するピンを太くすれば、強度も剛性も上げられます。でも、ピンが大きくなるとチェーン屈曲時のピンの回転半径もそれだけ大きくなるので、動きにムダが生まれて、エンジンからタイヤに伝わる動力が目減りしてしまうわけです。従来の構造のチェーンでは、高強度を追求すると、どうしてもフリクションロスが大きくなってしまうんです。

浅野

MotoGPのマシンは一般的に300馬力を超えると言われているから、伝達効率が1%下がっただけで、もう3馬力以上もパワーが落ちることになる。それは0.01秒のタイムを争うプロのレースでは致命的だからね。

そうなんです。そこで高強度と低フリクションを両立させた構造のチェーンをつくれないかというのが最初の発想でした。強い力がかかる部分だけを太く厚く、そうでない部分は細く薄くすれば、高い強度は維持したまま軽量化され、フリクションロスを下げられるはず。その方針でチェーンのあらゆる部分に手を入れた結果、たどり着いたのがあの形状だったんです。


確かに、内プレートにシール溝をつけてまでピンを短くしているし、そこまでしてでもチェーンの幅を小さくして、軽量にしながら剛性も高めたいという、設計思想が細部にまで感じられますね。

それまでは2次元的な考え方で設計していたけれど、3次元的に考えることで設計の幅を広げられたと思う。もちろん、DIDが長年培ってきた設計のノウハウが開発チームに受け継がれているからこそ、そういうこともできるんですけどね。

大石

高性能チェーンを使ってくれるトップチームとの関係があるから、機能や性能を突き詰めた設計ができる環境にあることも忘れちゃいけないよね。性能を追求したチェーンを世界トップクラスのプロライダーたちに使ってもらって、そこで得られた成果を一般向けのチェーンにフィードバックできているから、DIDの製品は高い評価を受け続けられるんだと思うよ。